FXとスポット・ディーラー
今日の言語学では、そもそも日本語が特殊であるという見方自体が否定されている。たとえば、日本語に5母音しかないことが特殊だと言われることがあるが、クラザーズの研究によれば、209の言語のうち、日本語のように5母音をもつ言語は55あり、タイプとして最も多いという。また、語順に関しては、ウルタン、スティール、グリーンバーグらの調査結果から、日本語のようにSOV構造をとる言語が40%以上であって最も多いのに対して、英語のようにSVO構造をとる言語は30%強であり、この点からも、日本語はごく普通の言語であるという結論が導かれる[170]。角田太作は語順を含め19の特徴について130の言語を比較し、「日本語は特殊な言語ではない。しかし、英語は特殊な言語だ」と結論している[174]。
かつてジャーナリスト森恭三は、日本語の語順では「思想を表現するのに一番大切な動詞は、文章の最後にくる」ため、文末の動詞の部分に行くまでに疲れて、「もはや動詞〔部分で〕の議論などはできない」と記している[175]。このように、動詞が最後に来ることを理由に日本語を曖昧、不合理と断ずる議論は多い。この考え方によれば、世界の言語の約半数の言語が曖昧性の高い不合理な言語ということになる。しかし、文の中では「誰が、何を、どこで」など、述語以外の部分のほうが情報として重要な場合も多い。これらの部分を述語の前に置く妥当性もまた無視しえない。
村山七郎は、「外国語を知ることが少ないほど日本語の特色が多くなる」という「反比例法則」を主張したという[176]。日本人自らが日本語を特殊と考える原因としては、身近な他言語がほぼ英語のみであることが与って大きい。もっとも、日本語が印欧語との相違点を多く持つことは事実である。そのため、対照言語学の上では、印欧語とのよい比較対象となる。
[編集] 辞書
詳細は国語辞典を参照
日本では古く漢籍を読むための辞書が多く編纂された。国内における辞書編纂の記録としては、天武11年(682年)の『新字』44巻が最古であるが(『日本書紀』)、伝本はおろか逸文すらも存在しないため、書名から漢字字書の類であろうと推測される以外は、いかなる内容の辞書であったかも不明である。
奈良時代には『楊氏漢語抄』や『弁色立成(べんしきりゅうじょう)』という辞書が編纂された。それぞれ逸文として残るのみであるが、和訓を有する漢和辞書であったらしい。現存する最古の辞書は空海編と伝えられる『篆隷万象名義』(9世紀)であるが、中国の『玉篇』を模した部首配列の漢字字書であり、和訓は一切ない。10世紀初頭に編纂された『新撰字鏡』は伝本が存する最古の漢和辞書であり、漢字を部首配列した上で、和訓を万葉仮名で記している。平安時代中期に編纂された『和名類聚抄』は、意味で分類した漢語におおむね和訳を万葉仮名で付したもので、漢和辞書ではあるが百科辞書的色彩が強い。院政期には過去の漢和辞書の集大成とも言える『類聚名義抄』が編纂された。同書の和訓に付された豊富な声点により院政期のアクセント体系はほぼ解明されている。
鎌倉時代には百科辞書『二中歴』や詩作のための実用的韻書『平他字類抄』、語源辞書ともいうべき『塵袋』や『名語記(みょうごき)』なども編まれるようになった。室町時代には、読み書きが広い階層へ普及し始めたことを背景に、漢詩を作るための韻書『聚分韻略』、漢和辞書『倭玉篇(わごくへん)』、和訳に通俗語も含めた国語辞書『下学集』、日常語の単語をいろは順に並べた通俗的百科辞書『節用集』などの辞書が編まれた。安土桃山時代最末期には、イエズス会のキリスト教宣教師によって、日本語とポルトガル語の辞書『日葡辞書』が作成された。
外為・南アフリカランド
江戸時代には、室町期の『節用集』を元にして多数の辞書が編集・刊行された。易林本『節用集』『書言字考節用集』などが主なものである。そのほか、俳諧用語辞書を含む『世話尽』、語源辞書『日本釈名』、俗語辞書『志布可起(しぶがき)』、枕詞辞書『冠辞考』なども編纂された。
明治時代に入り、1889年から大槻文彦編の小型辞書『言海』が刊行された。これは、古典語・日常語を網羅し、五十音順に見出しを並べて、品詞・漢字表記・語釈を付した初の近代的な日本語辞書であった。『言海』は、後の辞書の模範的存在となり、後に増補版の『大言海』も刊行された。
その後、広く使われた小型の日本語辞書としては、金沢庄三郎編『辞林』、新村出編『辞苑』などがある。第二次世界大戦中から戦後にかけては金田一京助編(見坊豪紀執筆)『明解国語辞典』がよく用いられ、今日の『三省堂国語辞典』『新明解国語辞典』に引き継がれている。
中型辞書としては、第二次世界大戦前は『大言海』のほか松井簡治・上田万年編『大日本国語辞典』などが、戦後は新村出編『広辞苑』などが広く受け入れられている。現在では林大編『言泉』、松村明編『大辞林』をはじめ、数種の中型辞書が加わっている。
今日、最大の日本語辞書として、約50万語を擁する『日本国語大辞典』がある。
先物取引
[編集] 脚注
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^ 見坊 豪紀 (1964)「アメリカの邦字新聞を読む」『言語生活』157(1983年の『ことば さまざまな出会い』(三省堂)に収録)では、1960年代のロサンゼルスおよびハワイの邦字新聞の言葉遣いに触れる。
井上 史雄 (1971)「ハワイ日系人の日本語と英語」『言語生活』236は、ハワイ日系人の談話引用を含む報告である。
本堂 寛 (1996)「ブラジル日系人の日本語についての意識と実態―ハワイ調査との対比から」『日本語研究諸領域の視点 上』によれば、1979〜1980年の調査において、ブラジル日系人で「日本語をうまく使える」と回答した人は、1950年以前生まれで20.6%、以後生まれで8.3%だという。
^ 亀井 孝・河野 六郎・千野 栄一 [編] (1997)『言語学大辞典セレクション 日本列島の言語』(三省堂)の南不二男「日本語・総説」などを参照。
^ 真田 信治 (2002)「ポナペ語における日本語からの借用語の位相―ミクロネシアでの現地調査から」『国語論究』9-25によれば、ミクロネシアでは日本語教育を受けた世代が今でも同世代との会話に日本語を利用し、一般にも日本語由来の語句が多く入っているという。 FX
^ 青柳 森 (1986)「台湾山地紀行」『東京消防』1986年10月(ウェブ版は、日本ペンクラブ:電子文藝館・地球ウォーカー)。
^ 矢崎幸生『現代先端法学の展開』信山社出版、2001年10月、10-11頁、ISBN 479723038X。
^ 国際交流基金調査 (2003)。
^ 文化庁調査 (2004)。
^ a b 亀井 孝 他 [編] (1963)『日本語の歴史1 民族のことばの誕生』(平凡社)。
^ 大野 晋・柴田 武 [編] (1978)『岩波講座 日本語 第12巻 日本語の系統と歴史』(岩波書店)。
^ 藤岡 勝二 (1908)「日本語の位置」『國學院雑誌』14。
^ a b 有坂 秀世 (1931)「国語にあらはれる一種の母音交替について」『音声の研究』第4輯(1957年の『国語音韻史の研究 増補新版』(三省堂)に収録)。
^ 北村 甫 [編] (1981)『講座言語 第6巻 世界の言語』(大修館書店)p.121。
^ 亀井 孝・河野 六郎・千野 栄一 [編] (1996)『言語学大辞典6 術語編』(三省堂)の「アルタイ型」。 FX
^ 泉井 久之助 (1952)「日本語と南島諸語」『民族学研究』17-2(1975年の『マライ=ポリネシア諸語 比較と系統』(弘文堂)に収録)。
^ 大野 晋 (1987)『日本語以前』(岩波新書)などを参照。研究の集大成として、大野 晋 (2000)『日本語の形成』(岩波書店)を参照。
^ 主な批判・反批判として、以下のものがある。家本 太郎・児玉 望・山下 博司・長田 俊樹 (1996)「「日本語=タミル語同系説」を検証する―大野晋『日本語の起源 新版』をめぐって」『日本研究(国際文化研究センター紀要)』13/大野 晋 (1996)「「タミル語=日本語同系説に対する批判」を検証する」『日本研究』15/山下 博司 (1998)「大野晋氏のご批判に答えて―「日本語=タミル語同系説」の手法を考える」『日本研究』17。
^ a b 服部 四郎 (1959)『日本語の系統』(岩波書店、1999年に岩波文庫)。
^ 中川 裕 (2005)「アイヌ語にくわわった日本語」『国文学 解釈と鑑賞』70-1。
^ 新村 出 (1916)「国語及び朝鮮語の数詞に就いて」『芸文』7-2・4(1971年の『新村出全集 第1巻』(筑摩書房)に収録)。
^ 服部 四郎 (1950) "Phoneme, Phone and Compound Phone" 『言語研究』16(1960年の『言語学の方法』(岩波書店)に収録)。
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